さて
フランスへ。
夫婦で一年間世界旅行したのがベルリンの壁崩壊の次の年やから1990年やな。それ以来か。とりあえずブログにだけ、今回の旅で思たこととか書いてみよや。1月25日、日曜日の朝、高速バスで難波へ。行ったのが、この「↑」の記事です。飛行機の時間は17時台やけど、念のため(だいぶ)早めに出たけんちょっとミナミの街歩いてみたら、という内容だったんよ。関西の建築家若林広幸さん(わいが大阪で就職した頃、「life in京都」で一世を風靡しておられた)の、めっちゃ手塚治虫的なデザインの「ラピート」で関空へ。

ウイングへ降りていくとこに、どっかで見たようなジャパンなデザイン。娘の仏人旦那のアドバイスで、先にネットでチェックインしとったけんめっちゃ簡単に出国できて、まだまだ時間あるから滑走路に向いたカウンターのbarへ。

オーダー番号、英語で呼ばれるんじょ。カウンターの中はもちろん日本人。このカウンターが国境やなつまり笑しかし、まわりほとんどみんなアジア人やけど、日本語ぜんぜん聞こえてこんなー。ミナミの街でもすでにそうだったけど、こないにようけおるんやなあ。視線が交差しないこの黄緑色のボーダー、ええな。照明やったかな。
関空18時前発、台北まで2時間半。台北で夜の11時まで待って、パリ行きに乗り換え。台湾の航空会社「EVA Air」だからか、客席はほぼアジア人。ここで日本語のアナウンスがなくなって、だいぶと洋行感もんりゃがってくる笑。ここから、ほぼ15時間のフライト。食事が出て、赤ワイン一杯もろて、「トップガンマーベリック」見て(かっこええなあトム・クルーズ。マーベリックのかつての同僚、故グースの息子、ルースターがめっちゃよかったなあ)、まだ夜中の2時すぎ。台北行きで出た食事とおんなじメニューで、まあええんやけど、まあ飽きるな笑。
えーとあと12時間。けっこう途方に暮れるけど、まあまあ眠くなって、朝方まで寝たり起きたり。朝というか、えーと、つまり今は、どっちの時間でもない、お日さんの出てない時間がパリまでずーっと続くんよな。6時頃からはもうほないに寝られずに。まわりのみんなも起きてないけど起きてる気配。今度は「エルビス」。男前やなこの俳優。トムハンクスが、なんかいい人としてマネージャー役やってたけど、ほんまかなあ。鑑賞中に間食のパンが配られる。暗くて何食べとるかわからん笑。今は亡き至高のジェフベックが崇拝するギタリスト「スコッティ・ムーア」なんだろな、劇中よく「スコット!」って呼ぶセリフがあったんは。
通路側は男性、窓側に若い女性。窓際の彼女は、パリまで15時間、一回もトイレに行かず。自分が行って、もんてきたときに、行きやすいだろからと声かけてみたけど首振る。パン来た時も、首振る。いらんことしたかなと思いつつ、ほなけど15時間もずーっと横におるけん気になるよな。そのうちに、まだ真っ暗やけど、もう一回食事が。またおんなじはいややけんチキンにしたら、おかゆだった。パンはもう食べられず。解凍不足で芯がある(感じな)んやもんなー・・・
航行中の画面を見てると、きな臭い地名が遠くに近くに出てきては消える。ヨーロッパに入っていって、我々ほぼアジア人の団体が、アジアではアジア仲間やけど、空中で、みんなしてそれぞれ行先の地でのよそ者に変わっていく感じが面白かった。わいだけだろけどなほんなこと思うんは笑 さて。昨日に戻ったわけじゃないけど、腕時計を8時間巻き戻しながらシャルルドゴール空港に着陸~
そうそう、家人は既に一週間前に、娘一家と一緒にマルセイユにいっとります。
